ニッチな居場所を求めて

効率化を推し進めた世界には息の詰まる思いがする。僕には、僕だけの安息できる居場所が必要だ。きっと、君にも必要だ。

この場ぐらい、本音で語らせてくれ。

世に何かを創り出す」と、「ただ作られたものを消費するだけの人」

 

2チャンネル創始者である西村博之氏が、興味深い発言をしていた。

 

世の中には「世に何かを創り出す」と、「ただ作られたものを消費するだけの人」がいる。

 

ここで言う「創り出す」っていうのは、例えばプログラミングを駆使してホームページを作るとか、日曜大工をしてちょっとした小物を作るとか、エッセイや小説を書く、といった類のものである。要するに、自分で何かを作成し、世に出す作業の事を指す。

 

「世に何かを創り出」せて、且つその作業が好きな人は、その作業自体が好きなため、暇つぶしにも大してお金が掛からない。

 

それに対して、「ただ作られたものを消費するだけの人」は、世に出されたものを消費する事によってしか、暇をつぶす事が出来ない。即ち、そこでは必ずお金が介在してしまうのである。結果としてお金も溜まらなく、貧乏になってしまう。

 

やや極端な意見だが、僕は大いにこの意見に賛成だ。

自分の普段の行動を顧みても、「暇」となればじっとしていられず、どこか外に行きたくなってしまう。字面通り「外」に出ただけでは満足しないので、近くの喫茶店に入ったり、バイクに乗って周辺をツーリングしたりする。昨日は、夕方暇だったので市民プールまで行って泳いできた。もっと言えば、この大型連休中はとにかく暇だったので、TSUTAYAに足繫く通って、旧作DVDを借りて夜通し鑑賞していた。

 

この様に、僕は「暇」が発生した場合に、お金を使って何かを消費しなければ、「暇」を過ごせない質なのだ。金額の大小はあれど。つまり、典型的な「ただ作られたものを消費するだけの人」なのである。

 

これでは、土日になる度にお金が財布から飛んでいくのは火を見るよりも明らかである。この浪費癖を解消させるには、上の西村氏の発言にあるように、「世に何かを創り出す」人になるのが解決策となりそうである。言い換えれば、「お金の掛からない趣味を見つける」という事か。

 

社会人になって、金銭感覚にひどくルーズになっている。このお盆明けを機に、少しその緩んだ財布の紐を、キツく結び直す必要がある、と感じる今日この頃である。