高校教師の奮闘記録。

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この場ぐらい、本音で語らせてくれ。

死への欲求


順調に進めば、高い学歴、収入、役職を得られるのに、その道に進むことを自ら拒否し、到底見劣りのする先の見えない方向へ歩み出す人がいる。

そういう人は、順風満帆な人生など微塵も望んでおらず、それ自体を毛嫌いする。

もっと、より怠惰の道に進みたくなる欲求。自己成長など真っ平御免で、怠惰のベクトルへと自然と突き進んでしまう摂理。


これは、一切衆生がやがて迎える『死』というフィナーレへの、

1度経験してしまえば元には戻れない片道切符への憧れに基因しているのではないか?


死への欲求、即ちタナトスをおのが内に秘めているが、それ全般に従う勇気を持ち合わせてはいない。


そうならば、やがては迎える死までに、緩やかな没落の軌跡を描きながら後生を生きるのも、悪くはないかもしれない。



一応ここまで書いておく。

gaN_gO_ →ヤンゴン大学を象徴する花

 

乾季と雨季の2シーズンしかないミャンマーですが、花の種類はかなり豊富。

特に、ヤンゴンから離れて遠くの州に行くと、野菜や花がヤンゴンと比べて随分と沢山あるらしい。

 

今日知った、「大学、街を象徴する花」の覚え書きをしておきます。

綴りが分からないので、とりあえず簡易的に。

 

gan_gO_ → ヤンゴン大学を象徴する花

seiN_baN: → タウンジーを象徴する花

zagawa: → ポッパー山辺りの街(名前忘れた)を象徴する花

 

 

おまけ

 

na'Tou'da_ という飲み物は、ファルーダよりも遥かに美味しいらしいです。

神様の為の、様々な果物(?)を混ぜ合わせて作った飲み物らしい。シュエバズンにあるそうなので、今度出向いたら店員さんに聞いてみよっと。

 

 

 

血の通った卒業論文、遂に完結

1月5日9時05分に卒論を提出し、
本日、卒業論文発表を終えました。


ビルマ語における1人称代名詞の語彙選択について、現地で調査をしながら地道に続けてきた。それを今日、本当の意味でやっと終止符を打つことが出来た。



途中で何度も卒論の執筆が嫌になって、投げ出そうとしたよ。こんなのやっても誰も気にも止めないし、言語学者からしたら大したことのない出来映えだし。



ただ、僕が執筆した内容に関して、

少なくとも教養の域を出ることが出来た。

日本全国、まだ誰も明らかにしなかった事を、僕の知の(血の)通った文字を以て世に知らしめる事が出来た。

その一連の作業と成果物に関して、
卒論発表会が終了した今、初めて誇りに思える。


最後まで走りきれた。
大学に通った証を、しかと刻むことが出来た。本当に嬉しい。



今日はひたすら、この余韻に浸ろう。

【語学】【経済】【スマートさ】2017年の目標

 

新年、明けましておめでとうございます。

 

今年は、いよいよ社会人になる年。

よりストイックに、より前向きに。

「自分」という存在によって、1人でも多くの人が良い影響を得られるように。

 

 

さて、今年の目標を立てました。

 

1 ヒンディー語を日常会話レベルにまで引き上げる

 

昨年末からヒンディー語を勉強し始めたのですが、意外に難易度は高くないことに気が付きました。ロマンス諸語よりは格変化もずっと少ないし、有気音と無気音の対立は、ビルマ語で慣れてるから苦ではないし。

 

CDエクスプレスを使って、文字を完璧に覚えて、書けるようにする。

基本的文法を覚え、使いこなせるようにする。

様々な媒体を使って、ネイティブが話すヒンディー語に慣れる。

 

今年はヒンディー語の1年にしたいと思います。

もちろん、今まで身に付けてきた4ヵ国語も、忘れないように維持したい。

 

 

2.「スマートさ」を身に付ける

 

社会人になるんだし、一通りのマナーを身に付け、身だしなみにも気を使って行きたいです。スーツの着こなし方、上司やお客様への言葉遣い、姿勢。一通りのことを、当たり前にこなせる人になりたい。

 

体型にも気を使って、暴飲暴食をせず、引き締まった身体を作っていきたい。

 

3. 経済(お金)の勉強をする。

 

今まで特に何も考えず消費ばかり繰り返してきましたが、

今年は、自分の、日本の、世界のお金の流れについて深く学び、それを通して世の中の経済活動を客観的に捉えられるようになりたい。

 

そのためには、今も行っているが、

日経新聞をはじめ、各新聞に毎日目を通す

有識者の見解を、テレビ番組、ラジオ、ネット記事を使って確認する

雑誌を読み、世の流行をチェックする

 

ことを欠かさず行っていきたい。

 

 

 

 

意識は、常に高く!!!

 

 

 

 

 

 

 

最近理解した、僕が不快に感じる人の特徴

 

初めに弁解しておくと、僕は記事タイトルの様に不快だと感じる人はいますが、だからってその人の事が「嫌い」な訳ではありません。人それぞれ価値の置き方も違うし、その違いこそ、最も尊重しなければならない事であると思っているからです。

 

ただ、人と人との関わりですので、やっぱり「あ、この人とはあまり話したくないな」とか、「話しててつまらいなぁ」と思ってしまう人っていますよね。綺麗ごと抜きで。

そんな人の特徴を少しまとめてみます。

 

 

1、話を直ぐに普遍化(一般化)する人

 

これはその人の癖だと思うんですけど、何かの話題について話してると、すぐ

「結局さ、○○って事だよね~」と、「結局」とかいうとーーーっても便利な単語を使って、その話題について付いてこれてないのを隠して、話題を一般化して、それとなく分かった風に装う人。この種の人は話してて不快ですねーー。

 

この間も、話題が「何故ヒラリーがトランプに負けたか」みたいな話題になった時に、相手が「まあ結局ヒラリーがクソって事だよね~」と、良く分からい事を言ってその場を終わりにしてしまった。差し当たりその人は米大統領選について詳しくないから、そういって事なきを得たとでも思っているのでしょう。

いやあ、つまんないよねえ、こんな風に言われると。この手の話し方をする人はちょっとなぁって思います。

 

 

2 その場にいない人の話を持ち出して場を盛り上げようとする人

 

妙にゴシップが好きな人っていますよね。特に女子に。その場にいない人の、あまり話されたくないような話題を出して、それについて面白げに話す人。どういう神経してるんだって思います。

それでいて、いざその話題の子と会った時なんかは、「ウチらめっちゃ親しい」的な雰囲気を作るもんだから、全く女性というものは処世術に長けているというか。脱帽ですわ。本当に友達だったら、相手の良い所も悪い所も、その子を前にして言えると思うんですけどね。

場を盛り上げたいなら、自分の体験なり知識を持って盛り上げようとする努力を惜しまないこと。決して、他人の噂を使って、その場しのぎに盛り上がらないこと。

 

 

3.相手の意見に聞く耳持たず、自分の意見の発信にしか興味のない人

 

会話って、2人以上いて初めて成立するもんですよね。自分の意見を聞いてほしいだけの、空き地でのジャイアンリサイタルの様な空間は、僕はなるべく避けたい。

自分の意見を聞いてほしい。自分はこんなにも面白い事が言えて、自分はこんなに特別な存在なんだ。 そうやって「自分、自分」とガンガン押してくる人。

それ、コミュニケーションとれてないですから。相手の意見を真摯に聞けない人に、自分の意見を語る資格などないですよ。

そういう人と一緒に飲んでても何にも楽しくないし時間の無駄だと思ってしまうので、可能であれば早々に切り上げて帰宅してしまいます。友達だったら、冗談交じりに「オレの意見も聞いてくれよな」って言えますけどね。

 

 

こういう人は、僕だけではなく多くの人があまり好きではないはず。

自分の戒めのためにも、あえて文字に起こしてみました。